IC-911DでのFT8運用におけるマイク端子入力レベルによる歪の影響

2020-09-06 JQ1QNV

FT8の送信実験の際に遭遇した不具合について書きます。
WSJT-Xで発生させた低めの周波数のオーディオ出力をIC-911Dのマイク端子へ入れた場合、
結構大きな歪が発生して高調波が出ると同時に送信出力まで下がってしまう事象が起きました。
そこで、いくつか条件を変えて送信し、受信機の復調信号(オーディオ信号)を観察してみました。

1. 実験機材
実験は以下の構成で行なっています。
①送信側 :
WSJT-X(Raspberry Pi 3)のオーディオ出力をIC-911DのMIC端子へ入力。高周波出力側に電力計(SX-1100)をつなぎダミーロードで終端したものを使用。
WSJT-Xの設定は運用周波数144.46 MHz、トーン周波数 500 Hzで固定、PWR、Fake Itの条件を変えてTune送信して様子をみました。
②受信側 :
アンテナの代わりにダミーロードにつないだFT-817で受信、そのオーディオ出力にデジタルオシロ(*1)をつないで波形の観察と周波数分析をしました。
FT-817の設定は受信周波数 144.46 MHzでモードはSSB(USB) です。

2. 実験結果
2.1 適正な入力に対する受信結果
WSJT-XのPWRを-32dB、Fake It無しに設定し送信した場合の受信復調信号(オーディオ)を図1に示します。上の図が生波形、下の図はFFT結果です。

図1 MICへ適正レベルで入力した際の受信波復調信号
基本波(500 Hz)に対する第3高調波-51dBと綺麗な正弦波です。
この時のIC-911Dの送信出力を10W(電力計SX-1100による実測)に設定して、以後IC-911Dの送信出力の設定は変えずに実験しました。

2.2 若干大きめな入力に対する受信結果
次に、生波形を観察しながら、WSJT-XのPWRを上げていき、波形が少し乱れ始めたところの状態を計測してみました。
WSJT-XのPWR設定は-23.7dBです。また、それ以外の設定は変えていません。結果を図2に示します。
図2 MICへ若干大きめなレベルで入力した際の受信波復調信
基本波(500 Hz)に対し、第2高調波(1000 Hz)が-42 dB、第3高調波(1500 Hz)が-35dBと高調波が増えています。
生波形も正弦波から少し歪んだ形になっています。この時のIC-911Dの出力は9 Wに下がりました。(無線機の設定は変えていません)

2.3 過大なレベルでの入力に対する受信結果
WSJT-XのPWRを前述の2.2より更に上げて最大の0 dBにした際の結果を図3に示します。
図3 MICへ過大なレベルで入力した際の受信波復調信号
基本波(500 Hz)に対し、第2高調波(1000 Hz)が-26 dB、第3高調波(1500 Hz)が-8dBと高調波が酷く増えています。
生波形も正弦波とは言えない形になっています。この時のIC-911Dの出力は3 W(*2)にまで下がりました。(無線機の設定は変えていません)

2.4 Fake It を有効にした際の受信結果
次に前述2.3での条件からWSJT-XのFake It を有効にした場合の結果を図4に示します。
図4 MICへのレベルを変えずにFake Itを有効にした際の受信波復調信号
Fake Itを有効にしただけなのですが、基本波(500 Hz)に対し第3高調波(1500 Hz)が-50dBと綺麗な正弦波になっています。
この時のIC-911Dの出力は10 Wにもどりました。
また、このときIC-911Dの送信周波数はWSJT-Xからの制御で自動的に144.459MHzへと切り替わっています。

2.5 交信時信号の状況
前述 1.①の送信設備を使って、2.3と2.4の条件で、今度はWSJT-XのTune送信ではなく、通常の交信時の電波を送出してみました。
受信は 1.②の受信設備のうち、デジタルオシロの代わりにPCをつないだもので、以下はWSJT-Xのモニターを示したものです。
図5は2.3の条件、つまり入力レベルが過多でFake Itが無効の状態で送信したものです。
邪魔な第2高調波、第3高調波が出ているのが判ります。
図5 MICへ過大なレベルで入力、Fake It無しの場合のWSJT-X受信モニター
  余談ですが、図5の第3高調波をよく見ると、基本波より3倍広がった帯域の中に8つのピークが有るように見えます。
  8値FSKと言う事なのでしょう。

図6は2.4の条件、つまり図5の条件のうち Fake Itを有効にした状態で送信したものです。
基本成分のみで妨害となる高調波はありません。
図6 MICへ過大なレベルで入力、Fake It有りの場合のWSJT-X受信モニター

3. 過大な入力レベルに対する出力低下の原因推定
出力低下の原因について以下のような考察をしてみました。
FT8のTune送信はオーディオ段階では一定振幅単一周波数の連続信号で、これをSSBで変調して高周波信号にしても一定振幅の連続波です。
ですので、尖頭電力と平均電力は同じ値となります。
しかし、これにオーディオの段階で高調波が混ざると変調回路で変調された高周波信号は振幅変調されたものになってしまいます。
(つまり一定振幅では無くなる)
振幅変調された高周波信号は尖頭電力が一定振幅の連続波の時の電力よりも高くなるため、ALCは尖頭電力を抑える形で作動します。
その結果、最終段での平均の出力は抑えられたものになってしまいます。
また、そのため肝心の基本成分も低く抑えられてしまいます。

4. まとめ
以上から下記のことが言えると思います。
(1)実験の結果から、IC-911DでのFT8運用はMIC端子への入力レベルは気をつけないといけない。
(2)WSJT-Xからリグのコントロールができる時は"Fake It"を有効にすることで高調波のトラブルを避けることができる。
(3)過大な入力レベルは却って送信出力を下げてしまうことがある。


(*1)デジタルオシロはTektronixのTBS1052Bを使用しています。今回はFFT機能を使いました。
FFTの条件はサンプリング速度101 kHz(推定)、サンプリング数2048、平均回数128、ウィンドウ関数FLATTOPです。
TBS1052BはFFTの際にA/D変換した生波形をそのままFFTするのでなく、FFTした時に周波数ステップが切りの良い数字になるように
少しだけサンプリング速度を変えてリサンプルしてからFFTしているそうです。
(*2)このときのSX-1100のAVG/PEP MONI の設定はAVGでした。尖頭電力であるならばとPEP MONIで測定したら出力は6 Wの表示でした。
また、高調波のない2.4の条件の出力はAVG、PEP MONI とも10 Wでした。

以上


Copyright(C) 2020 Kadowaki Isamu